「ぶわっくしょいッ!」
 その頃、龍村泰彦は、天本家で盛大にくしゃみをしていた。東京に出張する用事があったので、ついでに天本家に立ち寄ったのである。
「龍村先生、大丈夫ですか?」
「風邪でも?」
 目の前で森お手製のパンプキンプディングを食べていた敏生と正路が、並んで同じ角度で首を傾げてみせる。
 その双子のような仕草に苦笑いしつつ、龍村は鼻の下を擦った。
「いや、一つくしゃみは褒められた、というからな。誰かがどこかで、僕を絶賛しとるんだろう」
「……あんたのその自信は、いったいどこから来るんだかな」
 森はうんざりした顔で首を振りつつ、小一郎の分を皿に盛り、裏口に出した。

 数日前から、敏生と小一郎が家のあちこちにカボチャランタンを配置したので、天本家はすっかりハロウィンムードである。居間のあちこちには、コウモリとカボチャのモビールまでぶら下げられていた。
 こうなっては、自分もハロウィン気分になるしかない。
 固くなったバケットと、煮物にしようと思っていたカボチャを使って、森はおやつにパンプキンプディングを焼いた。
 そこへ龍村と、司野のお使いで正路がやってきたので、一同で賑やかにティータイムとなったのである。
 こんなとき、小一郎は面倒なのか気恥ずかしいのか、決して出てこようとしない。それで、森は忘れずに、忠実な式神のおやつを別に用意してやったのだった。
 裏口に出した皿はほどなく消え、小一郎はねぐらで、美味しいプディングを堪能することができるだろう。
「ここに来たとき、ちゃんと『トリック・オア・トリート』と言ったかい、足達君」
 龍村にからかわれて、正路は色白の頬を赤くした。
「それ、アメリカの子供の風習なんでしょう? 僕はもうこんな年だし、ちょっと恥ずかしくて言えませんよ」
「俺もお菓子なんか用意していないしな」
 森は素っ気なくそう言って、お茶のお代わりを一同のカップに注いでやった。
「それに、足達君には、いたずらするまでもなく、ご褒美を用意してある。わざわざ、司野に言いつけられて、書類を持ってきてくれたんだからな」
「ご褒美?」
 首を傾げる正路の前に、森は小さなタッパーをハロウィン柄のペーパーナプキンで包んだものを置いた。
「君だけおやつを食べて帰ったのでは、司野に土産話ができないだろう? 彼の分を取り分けておいた。口に合わないかもしれないが、と俺が言っていたと伝えてくれ」
「わあ、ありがとうございます。司野、今日はあちこちのテレビ局がハロウィンの話題を放送するものだから、凄く気になってるみたいで。きっと喜びます。……ええと、口にも顔にも出さないとは思いますけど」
 正路の話を聞いただけで、司野の様子が容易に想像され、一同の顔に笑みが浮かぶ。
「きっと、司野さんも今頃、くしゃみしてるね」
 敏生の言葉に、正路も笑顔で頷いた。
「うん。きっと今頃、お店の奥で面白くなさそうに本読んでるから」
「そんで、ずっとひとりにしてるとご機嫌斜めになるんだよね?」
「うん。自分でお使いに行けって言っといてね。……早く帰って、この美味しいプディング食べさせてあげなきゃ。あの、ごちそうさまでした!」
 そう言って立ち上がった正路に、龍村はポケットを探って何かを差し出した。
「?」
「じゃあ、僕からもハロウィンのトリートだ。帰り道、口に放り込んでいくといい」
 大きな手のひらに載っているのは、可愛い包み紙のキャンディだった。
「僕も天本を見習って、最近はポケットに菓子を蓄えておくことにしていてね」
 龍村はそう言って、仁王の眼でウインクしてみせる。
「……ありがとうございます」
 正路は、はにかんだ笑顔でキャンディを受け取り、ぺこりと頭を下げた。

 正路を玄関先まで見送り、三人は揃って家の中に入った。
 森を手伝って、食器を盆に集めつつ、敏生はふと不思議そうな顔をした。
「あれ? プディング、一人分余ってますね。どうしてですか?」
 ああ、と森は肩を竦めた。
「こういう特別なものを作ったときに限って、呼んでいないのに必ず顔を出す奴がいるからな。年のため、とっておいた」
「あ……もしかして、早川さん?」
「ああ。タイミングが悪いんだかいいんだか知らないが……」
 ピンポーン!
 絶妙のタイミングで、玄関のインターホンが来客を知らせる。
「ぶっ」
 龍村と敏生は、同時に吹き出した。
 ほらな、と言わんばかりに、森は渋い顔をする。
「僕、出てきます」
 敏生は、身軽に居間を飛び出した。
 まだ客の姿は見ていないが、おそらく、それがあの灰色のスーツが日本一に合う営業マン兼エージェントであることを、敏生は何故か確信していた。
 普通は、訪問者が言う台詞である「トリック・オア・トリート」を、不意打ちで自分が言ってやろうか……と企みながら、敏生は勢いよく、玄関の扉を開け放った……。










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