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そして、午後七時。 森と敏生、それに二人のゲスト……龍村と司野は、揃ってクリスマスディナーのテーブルについた。 最初に、龍村が森秘蔵の白ワインの栓を抜いた。敏生はブラッドオレンジジュースで、あとの三人は、きりっと冷えた辛口の白ワインで、まずは乾杯する。 そこからは、ご馳走のオンパレードだった。 様々なフルーツとたっぷりの生ハムを盛り合わせた前菜に続いて、軽くカレー風味を付けた南瓜のポタージュが、クルトンをたっぷり添えて供された。 そして……メインディッシュは勿論、大皿からはみ出しそうに大きなローストチキンだった。こんがりときつね色に焼けたチキンを囲むのは、みずみずしいクレソン、焼き栗、そしてベーコンを巻いてカリッと焼き上げたソーセージである。 付け合わせは、シンプルに茹でただけの芽キャベツとにんじん、それにパルメザンチーズをたっぷり入れてフライパンいっぱいに焼き上げた丸いハッシュドポテトだった。もちろん、鮮やかな赤紫色のゼリー状にこごったクランベリーソースも欠かせない。 「よーし。今年も解体は僕に任せろ!」 少々嫌な張り切り方をして、龍村は森が差し出した大きなフォークとナイフを受け取った。その言葉に違わず、龍村は鮮やかな手つきで両方のもも肉を切り離し、胸肉を綺麗に切り取った。 「さて、みんな皿を出せ。天本は胸肉が好きなんだったよな。琴平君には、このでっかいもも肉を……と、辰巳さんはどちらがお好みですか?」 「……食えれば何でもいい」 解体作業を興味深げに見ていた司野は、素っ気なく言って自分の皿を差し出した。龍村は、屈託なく笑って、胸肉の大切れを司野の皿に取り分けてやった。 「では、胸肉をどうぞ。僕はもも肉が好きなので、譲って頂きますよ」 「好きにすればいい。切り分けた者に選択権はある」 「付け合わせを取り分けますね!」 絶妙のコンビネーションで、今度は敏生が一通りの付け合わせを、それぞれの皿にたっぷり盛りつけていく。たちまち、大きな皿はご馳走で山盛りになった。 「さて、では頂くとするか」 龍村がフォークとナイフを取り上げるのを合図にして、一同はボリュームたっぷりのメインディッシュに取りかかった。 チキンの皮は、ナイフを入れるとパリッと音を立てて切れる。その下の白い肉はたっぷりと肉汁を蓄えており、皮と身の間に忍ばせたベーコンの香りが湯気に乗って鼻をくすぐる。 年に一度のご馳走をほくほくと味わいながら、敏生はちょっと心配そうに向かいの司野を見た。司野は、ちょっとビックリするほどの大口で、もりもりとチキンを平らげている。その表情からは、彼の料理に対する感想がうかがえなかったので、敏生は躊躇いがちに声を掛けた。 「あの、司野さん。美味しいですか?」 司野は、端正な輪郭が歪むほどチキンを頬張ったまま顔を上げ、無造作に頷いた。口の中のものを飲み下してから、言葉を添える。 「味についてはよくわからんが、この皮と肉とベーコンの食感の妙は愉快だな」 「愉快、か。とりあえずお褒めにあずかったと思っておこう」 森は苦笑いでそう言い、龍村と司野のグラスにワインを注いでやった……。 テーブルを埋め尽くすほどのご馳走も、男四人(そのうちの一人はしかも妖魔だ)にかかっては、あっという間に残骸と化してしまう。 敏生は何とか小一郎を引っ張り出そうとしたが、大先輩の司野を鬱陶しがってか、式神は頑として姿を現そうとしなかった。仕方なく敏生は、できるだけ皿に大盛りのご馳走を小一郎のためにとりわけ、台所に置いておいた。 「……あ。小一郎、ちゃんと食べてる。よかった」 ひとまず食器を台所に運んだ敏生は、空っぽになった皿を見つけて、ほっと胸を撫で下ろした。 森は、食堂で残ったワインを飲みながらあれこれ喋っている龍村と司野を見やり、肩を竦めた。 「やれやれ。昔なじみに似た男には、ずいぶんと愛想がいいじゃないか、あの妖魔どのは」 「天本さんってば。きっと司野さん、懐かしいんですよ。龍村先生を見てると、元佑さんとことと一緒に、ご主人様のことも思い出すんじゃないかな」 「かもな。まあ、うちに来て楽しく過ごしてくれれば、俺としては本望だ」 わざと素っ気なくそう言って、森はぐらぐら沸いた湯をフィルターに細く注ぐ。たちまち、コーヒーの香りが台所にたちこめた。 「うう、いい匂い」 敏生は鼻をうごめかせつつ、冷蔵庫から大きな紙箱を三つ取り出す。もちろん、すべて中身はケーキである。 さっきまでの食器類は一掃され、テーブルの上には立派なケーキが三台並べられた。 司野持参のフルーツショートケーキ、龍村持参のつやつやした表面が美しいチョコレートケーキ、そして森と敏生がさんざん悩んだ末に選んだ、紅茶とナッツ風味のブッシュドノエル。 司野のケーキが二段であることを考えれば、ほとんどひとりにホール一台の勘定である。 龍村は、大袈裟に両腕を広げてみせた。 「おいおい、こりゃ壮観だな。野郎四人の宴会にしちゃ、いささかデザートが充実しすぎじゃないか?」 森は、それぞれにコーヒーを勧めながら言った。 「みんなしてケーキを持ち寄ってしまったんだから仕方ない。心配するな。余っても、敏生が今日明日のうちに平らげるさ」 「もう、天本さん! いくら僕だって、そんなの無理ですよう」 ふくれっ面で憤慨する敏生に、森と龍村は顔を見合わせて笑った。 それから、三十分後……。 適当なところでケーキを諦めた四人は、口の中に残る甘みをお代わりのコーヒーで洗い流しつつ、ソファーでくつろいでいた。司野はともかく、あとの三人はあまりにも満腹で、もう動く気にもなれない。 パチパチと景気よく薪が爆ぜる暖炉が、満ち足りた身体を暖かく包んでいた。 口を開くのすら面倒で、心地よい沈黙が室内を支配する……。 と、司野がふとその鋭い目を細めた。 「おい、小わっぱ。あれは何だ」 「……あれ?」 身体を捻って司野の視線を追いかけた敏生は、照れくさそうに、そして嬉しそうに笑った。 「あ、やっと気がついてくれたんですね。今朝、僕と小一郎が作った歓迎のモニュメントです……っていうのは大袈裟だけど」 龍村も他の三人が見ているベランダのほうを見やり、ほう、といかつい顎を撫でた。 「雪だるまか! 可愛いサイズだな。……む? 五つ……ということは……」 察しのいい龍村に、敏生はクスクス笑いながらも、自分から言い出そうとはしない。司野は怪訝そうな顔つきで窓際に歩み寄り、家の中の明かりに照らされた白い雪だるまたちをしげしげと見た。 「おい。あれは何かの呪具か?」 「まさか。雪だるまというのは、子供の遊びだ。……ただの人形だよ」 「ふん? だが、一体ずつ、特徴があるようだぞ」 龍村は、ソファーの背もたれに腕をかけ、身体を捻った姿勢で快活に言った。 「ありゃあ、僕ら五人をかたどった雪だるまですよ、辰巳さん。……だろ、琴平君」 敏生はニコニコして頷いた。 「ええ。どれが誰だかわかります?」 龍村は、ニヤニヤして言った。 「どれどれ。見るからに四角いのは僕だな。……小さいのは琴平君だろ。わざわざ黒い布を巻き付けてあるのは小一郎か? あとの二つは……ううむ……、妙な矢印が生えているのと、そうでないのがあるな。どっちがどっち……む!」 「あ!」 「うっ」 龍村と敏生、それに森の小さな驚きの声が重なる。日中は日の当たらないところに避難させていたとはいえ、少し溶けかけていたのだろう。何も飾りの付いていない細長い雪だるまがぐらりと傾き、小さな……敏生の雪だるまに寄りかかったのだ。それを見て、龍村はポンと手を打った。 「なるほど。雪だるまが自分で教えてくれたというわけか! 琴平君の雪だるまにもたれかかったのが、お前の雪だるまだな、天本。ということは……」 「あの奇天烈な装飾のついた一体が俺をかたどっているというのか? おい天本。あの飾りは何だ。矢印が頭から二本、尻から一本生えているようだが。あれは何を意味しているのだ」 司野は、生真面目に森を問い詰める。森は、少し意地悪な笑みを浮かべ、「自分で調べてみるんだな」と誤魔化し、敏生と龍村は、こみ上げる笑いを死にものぐるいで引っ込めたのだった……。 司野が帰り、翌日、どうしても休めない勤務のある龍村が小一郎に送られて去った後、敏生は居間の大きな窓に張り付くように立ち、やけに嬉しそうに言った。 「えへへ。天本さんの雪だるま、まだ僕の雪だるまによっかかったままだ」 「……あんなに細長く作るから、安定が悪いんだよ」 居間に残されたカップを片づけようとしていた森は、敏生の言葉に、自分も窓際に歩み寄った。 「でも、ちょっと嬉しいな」 敏生は悪戯っぽく笑ってそう言うと、森に寄り添った。森の腕が、ごく自然に敏生の肩を抱く。 「雪だるまと現実はちょうど逆のようだが?」 「いいんです。本物の天本さんによっかかられたら、僕転んじゃいますから」 甘えるように温かな頬をすり寄せてくる敏生に、森は愛しげに目を細める。 「だが……心の中では、俺はいつも君に支えられているから。雪だるまが、俺の気持ちを伝えてくれたのかもしれないな」 「……天本さんってば」 敏生ははにかんで、丸い頬をほんのり染める。そのバラ色に誘われるように、森は敏生の頬に冷たい手のひらで触れた。 ……だが。 身を屈めてキスをしようかと思ったそのとき、敏生の首が勢いよく窓のほうを向いた。拍子抜けして、森は中途半端な体勢のまま動きを止める。 「……どうした?」 「……司野さん……」 敏生は呆気にとられたように窓の外を見て呟いた。 「え?」 つられて同じほうを見た森は、切れ長の目を見張った。 さっきまで、「敏生の雪だるまによりかかる森の雪だるま、敏生の雪だるまの隣に立つ小一郎の雪だるま、その隣の司野の雪だるま、端っこに龍村の雪だるま」という配置だったのに、いつの間にか、それが変化していた。 いや、配列は同じなのだが、司野の雪だるまが小一郎のほうに倒れ込み、結果として小一郎の雪だるまが敏生にのしかかり……二体分の重さに耐えかねた敏生の雪だるまが、森の雪だるまを下敷きに転んでしまっていたのだ。 「天本さんの雪だるま……あとの三つにのっかられて、ぺしゃんこになっちゃった」 さすがの敏生も、唖然とした顔つきで呟く。 「……やってくれるじゃないか」 してやられたといった様子の森の呟きに、出汁昆布の角を生やした司野の雪だるまが、心なしか笑っているように見えた……。 |